「すずめとヒヨドリの解放区」続き

「すずめとヒヨドリの解放区窓から来るもの(名古屋)」から移項。窓から来るすずめとヒヨドリとの交流と野鳥撮影など。cap / コピー君

 雨上がりの強風に鳥たちは苦労していた。カステラ欲しいなぁ~と思っているが遠慮して声に出さない。0311a

可愛いとこあるね。
パクッとくわえてご機嫌です。
スズメ達は「エコヒイキだ!」と怒りますけど。君達はパクッとキャッチできないからね~。
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0310obatano雨の日はスズ達と遊びながら思い出にひたる

 野鳥撮影は趣味ですが珍鳥を狙っている訳ではありません。
野山で野鳥と遊ぶのが一番楽しい…「野鳥に餌付けするな!」とエサカゴなどつけると批判する人もいますがちょっとしたおやつぐらいは許して欲しい。クルミの実を砕いてカゴに入れておくとほとんどの鳥は喜びます。

本名ミーシャことミーちゃんは小幡公園で6年間も付き合ってくれました。
0310mi01ミーちゃんのライバルのルリ坊とは追いかけたり一緒に冬越しをしました。このカゴはかっこよすぎてすぐに盗まれてしまいましたけどね。
ヤマガラやシジュウカラはもちろんお友達です。
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 このあたりの皆さんのランチの時間は決まっているようで開店前から行列です。
窓を開けたとたん、飛び込んできたのはヒヨさんでした。0308hiyo 
この子は行列はしないでビルの上から見張っていたようです。
0308suzu02しかし数ではかないませんね。出かけて開店時間が遅れると皆さんはご機嫌が悪くなります。食べものがなくなるとどこかへ消えます。お昼寝かな。
 解放区ではこれから5月の繁殖シーズンになると毎日巣立ちヒナを連れてくるスズメのお父さんが見られます。
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以前撮った面白い写真。
日本で一番大きいといわれるアオサギとかなり小さいハクセキレイ。田んぼの横で2人で何かを見つめていました。猫でもいたのでしょうか。 異種が仲良くするのは楽しいですね、スズメとヒヨドリも毎日顔を合わせているので友達感覚です。
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北西の風が強烈。解放区の窓は西向き…風とともに花粉も入ってくる。昨日のメジロは花粉でマッキ黄~花粉症でなくてよかったね。「ヘックショ~ン」でスズメ達はいなくなります(;^^)

曇り空、午後から雨の予報。明日は風が強いから午前中だけのチャンスです。
 毎年恒例のここの河津さくらはほぼ満開、他の種類は葉桜になっている。2年ほど見かけるジョビさんもいたが撮れず。クルミを縄張り付近に置いておいた。
 今日はメジロの警戒心が強く思い通りの写真は撮れない。花は今日がピークで来週では遅い感じ。花と鳥のコラボはタイミングが難しい。

 帰ると窓には行列。ランチの時間に開店していないので皆さん機嫌悪くて…。
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 河津さくらとメジロを撮りに行く予定でしたが風が強くて明日に延ばす。
公園の楽しい子。
 ヤマガラと遊んだときの写真です。
ピーナッツとクルミが大好きです。ケースをカラカラと振ってならすと集まってきます。暖かくなると山へ帰ってしまいます。
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なぜ?事務所の中はスズメとヒヨドリの解放区

以下転載
1 事務所に雀が来るようになったのは、2001年からだった。
夏も終わりがけのころ、開けていた窓に巣立ったばかりの子雀を連れた母雀が現れた。その母雀はボロボロで、羽は抜け落ちて見るからに病気のようだった。子雀は「母ちゃんお腹がすいたよ!」と激しく鳴いたが母雀は悲しそうに子雀を見るだけで、もう気力が萎えているように見えた。
 おやつ用に買ってあった菓子パンを小さくちぎって、窓際に投げてやると、母雀はそれを喰わえて子雀に与えた。それからこちらを向いて何かを訴えるようにジージーと鳴いた。雀のこんな声は初めて聞いた。もちろん、雀の言葉など分かる訳はないのだが、それは「私はもうだめです。どうかこの子をお願いします」と僕の心は聞いた。

 母雀は飛び去ったが、子雀は窓から離れなかった。夕方、事務所を閉める時間になっても子雀は動かなかった、泣き疲れて眠ってしまったようだ。事務所は5階で窓を開けっ放しにしておいても泥棒が入ることもないし、このままにして帰った。
 翌朝、気になっていつもより早く出勤すると子雀はまだ居た。パンをやるといつまでも食べ続けた。パンだけでは育たないだろうと近くのコンビニで弁当を買ってきて卵焼きやハムやテンプラのころも等を小さくきざんで与えた。小鳥の飼育はセキセイインコやヤマブキボタンインコで充分経験があったので、この子雀を育ててみることにした。

 鳥かごに入れずに「ここに居たければ居なさい」と言って餌だけをやった。名前は「ホンペ」と勝手につけた。変な名前だが、最近死なせてしまったヤマブキボタンインコの「ぺッチ」の「ぺ」の字を付けたかったからだ。

「ぺッチ」のことを思い出すと今でも悲しいが、生まれ変わりのような気がしたのだ。「ぺッチ」は父ポッチと母フッチが卵を何十も生んでたった1羽だけ孵化した奇跡の子だった。僕があまりに可愛がったので毋鳥のフッチが焼きもちを妬いてひどくいじめ、舌を半分食いちぎってしまった。ぺッチは餌が食べられなくなり衰弱していったがスポイトで餌や栄養剤を流し込み何とか育て上げた。それから何か恐いことがあると僕のセーターやシャツの中に潜り込んで甘えるようになった。部屋の中で放し飼いしていたが、ある時窓から外に出てしまった。ビラをプリントして近所に貼り、捜しまわったが見つからなかった。疲れと消失感で茫然とした一日だった。翌日も朝早くから捜しまわり、あきらめかけた昼ごろ、ふと見たテレビの左上のいつもぺッチがとまる場所に居たのだ。「ペッちゃん!いつ帰ってきたの」と叫ぶとビクッとして目をそらすした。叱られると思ったのか自分の鳥かごに飛び込んで顔を見せない。これって始めて無断外泊した娘の気持ちかも知れない。無理矢理引きづりだして手に載せた。「ペッちゃんはかわいいな~」をくり返すだけのペッちゃんの歌を歌ってやると、だんだん気持ちがほぐれたのか、くちばしで手のひらを突いたりしていつものペッちゃんに戻った。そんなペッちゃんも三才になり大嫌いな母フッチに対抗して無精卵を生み続けるようになった。そろそろお婿さんを捜そうかと思っていたころ、何かに驚き鳥かごの中で暴れた時、腹の中の卵が割れてしまった。手の施しようがなかった。2日後、僕の手の中で眠るように逝った。ペッちゃんのお墓はベランダの植木鉢だ。

 僕のあまりの悲しみを見て、ペッちゃんの魂は姿を変え、すずめになって帰ってきたと思いたい。だから「本当はペッちゃんだよね」を略して「ホンペ」という名前にした。そうに違いない、でなければ雀が人間に子供を託していくなんてあり得ない話だ。でも冷静に考えてみれば、種類も雌雄も違う。矛盾だらけだが、魂というものがあるとすれば、そんなものは超越しているかも知れない。

 子雀のホンぺは事務所の中で気ままに飛び回って遊んだり外へ出て行ったりしていたが、暫くすると姿を消した。寂しいが野生の世界に戻って行ったのだろうと諦めた。
「去る者は日々にうとし」とは言うものの街で雀を見かけるとつい「ホンぺ」と呼び掛けてしまう日が続いた…。
 秋になり雀は冬越しのために十数羽の集団を作り群れて飛んでいた。ある日事務所の向い側のビルの屋上にずらりと並んで止まった雀の中の1羽が飛び込んできていつもの窓際の場所にとまった。ホンぺだった。たった1羽の雀のことで、涙で眼が潤んでしまった。挨拶をしに来たその後、姿を見せなくなってしまった。

 翌年の春2羽の雀が飛び込んで来た「僕、彼女ができたよ」はしゃぐのはホンぺだった。これはミニ版「野生のエルザ」だ。野生のエルザのライオンほどではないけれど、たかが雀だって感動モノでした。
 さらにこの小さな物語は続く。ホンぺ夫婦は子供を次々と連れて来た。最初に4羽、次に2羽、さらに1羽と合計7羽も子供を連れて来た。中でも最初の4羽の中の4番目はとても人なつこい性格のようで、よくなついた。ホンぺにそっくりなので「ミニぺ」と勝手に名付けた。これだけの親雀+「セブンベイブス」が事務所の中を飛び回るので糞公害になってしまった。そこで窓際に新聞紙をしき、ここから出るなと厳しく言ってあるのだが…。 

…と言うのがブログを始めたころのお話…数々の疑問の対するお答え。

 ヒヨドリも初代のピーさん8年、その子供のコピー君6年と続きました。現在は多分コピー君の孫かひ孫だと思います。2020年はピーターと弟のニバンの子供ニコとフーちゃん…。

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